
分数ケリー配分|複数EA間の資金配分を数理的に最適化する考え方
ケリー基準とは|数学的に「最適な賭け金」を計算する考え方 で紹介したケリー基準は、長期的な資産成長率を数学的に最大化する賭け金(ロット)の比率を示します。しかし結論から言えば、フルケリーは理論上の成長率を最大化する一方で、実務では耐えがたいほどの深いドローダウンを伴うため、多くの実務家はケリー基準の一部だけを使う「分数ケリー(フラクショナル・ケリー)」を採用しており、この考え方は複数EAへの資金配分問題にも応用できます。この記事では、フルケリーの問題点と、分数ケリー、そして複数EA間の配分への拡張を整理します。
フルケリーがもたらす「理論上は正しいが実務では使えない」結果
ケリー基準は、期待値と分散から数学的に導かれる「最適な」賭け金比率を示しますが、この最適性には見落とされがちな前提があります。
- ケリー基準が最大化しているのは、長期的な対数成長率の期待値であり、短期的なドローダウンの深さを最小化しているわけではない
- フルケリーで運用した場合、理論的には資産の50%以上のドローダウンが発生する確率が無視できない水準になることが、数学的なシミュレーションで示されている
- 複利と最大ドローダウンのトレードオフ で扱ったように、理論上の最適解が、精神的にも実務的にも「耐えられる」水準とは限らない
つまり、フルケリーは「数学的には正しいが、人間が実際に運用し続けられるかどうかは別問題」という典型的な例です。
分数ケリーという妥協点
この問題への実務的な対応が、フルケリーの何分の1か(例:半分、あるいは4分の1)だけを使うという考え方です。
- **半分のケリー(ハーフケリー)**を使うと、理論上の成長率はフルケリーの75%程度まで下がるが、想定される最大ドローダウンは大幅に縮小する
- この非対称性(成長率の低下幅よりも、ドローダウンの縮小幅の方が大きい)が、分数ケリーが実務で好まれる理由
- どの分数を選ぶかは、期待値・勝率の推定精度に対する自信の度合いにも左右される。推定値の不確実性が高いほど、より保守的な分数(4分の1など)を選ぶのが合理的とされる
これは、資金管理の基本|「破産確率」から考えるロットの決め方 で扱った「許容ドローダウンから逆算してロットを決める」という発想の、数理的な裏付けの1つと位置づけられます。
パラメータ推定誤差という現実的な問題
ケリー基準(そしてその分数)を実務で使う際、最大の障害は「期待値と勝率を正確に知ることができない」という点です。
- ケリー基準の計算には、期待値・勝率という真の値が必要だが、実際にはバックテストや限られた実績データからの推定値しか手に入らない
- この推定誤差自体が、計算されたケリー比率に上乗せされるリスクとなる
- 推定誤差を考慮すると、統計的にはフルケリーよりもかなり保守的な比率を使う方が、長期的な期待効用の観点からも合理的であるという研究もある
つまり分数ケリーは、単なる「安全マージン」ではなく、パラメータ推定の不確実性そのものへの数理的な対応という側面も持っています。
複数EA間の資金配分問題への拡張
ここまでは単一の手法(EA)を前提にした話ですが、複数のEAを同時に運用する場合、話はさらに複雑になります。
- 単純に「各EAに均等に資金を配分する」という方法は、各EAの期待値・リスク・相関構造を無視した、必ずしも最適とは言えない配分
- 理論的には、複数の資産(この場合は複数のEA)への最適配分は、各EAの期待値・分散だけでなく、EA間のリターンの相関を考慮した多変量のケリー基準(あるいは平均分散最適化に近い枠組み)で扱われる
- DCC-GARCHモデル で扱ったように、EA間の相関は固定ではなく変動するため、この配分計算も本来は動的に見直されるべきものになる
実務的な簡易アプローチ
厳密な多変量最適化は複雑ですが、個人開発者が現実的に取り入れられる考え方があります。
- 相関の高いEA同士には、合計での配分比率に上限を設ける:似た値動きの局面で同時に損失を出しやすいEAの組み合わせに、資金を過度に集中させない
- 各EAに対して、個別に分数ケリー(保守的な比率)を適用した上で、全体の合計エクスポージャーが許容ドローダウンの範囲に収まるかを確認する
- 定期的に配分比率を見直す:新しいEAを追加した時、既存EAの成績傾向が変化した時には、配分比率をゼロベースで再計算する
よくある誤解
Q. ケリー基準通りに運用すれば、理論上最強では? A. 理論上の長期成長率は最大化されますが、実務で耐えられないほどのドローダウンを伴うことが多く、フルケリーをそのまま使うことは一般的に推奨されません。
Q. 分数ケリーを使えば安全? A. 分数を小さくするほどドローダウンは抑えられますが、成長率も低下します。「安全」というより「トレードオフの調整」と捉えるべきです。
Q. 複数EAには均等配分が一番シンプルで安全? A. シンプルではありますが、EA間の相関を無視するため、必ずしもリスクに対して最適な配分とは言えません。特に相関の高いEA同士への過度な配分には注意が必要です。
まとめ
- フルケリーは理論上の成長率を最大化するが、実務では耐えがたいドローダウンを伴うため、その一部だけを使う分数ケリーが実務的な選択肢となる。
- 分数ケリーは、単なる安全マージンではなく、期待値・勝率の推定誤差への数理的な対応という側面も持つ。
- 複数EAを運用する場合、均等配分ではなく、EA間の相関構造を考慮した配分がより合理的だが、厳密な最適化は複雑。
- 実務的には、相関の高いEA同士の合計配分に上限を設け、定期的に配分を見直すという簡易アプローチが現実的な落としどころになる。
資金配分は「勘」で決めるものではなく、期待値・リスク・相関という3つの変数を意識した設計対象として扱うことが、長期的な運用の安定性につながります。
※ FXおよび自動売買には損失が生じる可能性があります。本記事は数理モデルの一般的な解説であり、特定の投資判断や実装手法を推奨するものではありません。
「退場しない設計」について、まずは無料で受け取る。
ほかの記事を読む
